センター長年頭メッセージ(2025年)

新春随感

先端基礎研究センター長高梨 弘毅

去年今年 貫く棒のごときもの

とは、高浜虚子が詠んだ俳句です。言い得て妙で、暦の上で年が変わったといっても、突然何かが実質的に変わるというものでもなく、去年の連続的な延長として今年がある、まさに貫く棒のごときものでしょう。とはいえ、良いことも嫌なことも、年の変わり目を⼀つの区切りとして気持ちをリセットし、また新たな気持ちで生きていこうと考えるのは人情で、新春をことほぐのはある意味で合理的なことかもしれません。

時が経つのは本当に早いもので、本センター(先端基礎研究センター)の設立30周年の記念イベントは、既に⼀昨年のことになりました。このイベントが大成功に終わったのは、本センターの職員を初め、関係各位のご協力の賜物であり、ここであらためて感謝したいと思います。また、昨年は継続事業として、基礎科学ノートの設立30周年特集号を刊行しました。これも関係各位のご協力で良いものが出来上がり、現在私はさまざまなところで配付しているところです。

さて、現在の本機構(日本原子力研究開発機構)では、組織や人事体制などに改革の嵐が吹きまくっています。その趣旨は、本機構をこれまでより効率的に社会的価値を創出できる組織にする、ということだと理解しています。本機構のみならず、大学を含む日本の研究機関では、昨今「社会的価値の創出」という言葉をよく耳にします。ですが、ここで臍曲がりの私は、はて?と考えます。

「社会的価値」とは何だろう?そもそも「社会」って何?

おそらく私たちが日常生活を送っている⼀般の社会を、普通「社会」と呼ぶのでしょう。しかし、よく考えてみると、社会もさまざまです。国際社会、日本社会、あるいは学歴社会、高齢化社会、情報化社会など、挙げだしたらキリがありません。裏社会なんていうのもあります。また、産業界とか、経済界という社会もあります。「社会的価値」という言葉は、しばしば「産業的価値」あるいは「経済的価値」と同義で使われているようです。⼀方で、学術界という社会もあります。私たちのような基礎研究をなりわいとする者の多くは、およそ研究者となることを志したそのときから、「学術的価値」の高い成果を創出して、学術界という「社会」で評価されることを目指しているのだと思います。

ではここで、さらに「学術」とは何か、ということを考えます。これは私なりの定義ですが、この世で見られる、あるいは起こっているさまざまな個別の事象・現象を整理・分析して、そこから⼀般的・根源的な原理・原則、また普遍的な真理を導き出す知的活動全般を「学術」と称するのだと思います。私たちが扱っているのは、あくまでこの世で起きている事象・現象です。あの世でもなければ、夢物語でもありません。したがって、学術における成果は私たちが生きているこの世の社会に必ず何らかの影響や波及効果を与えるはずです。さらに言えば、すぐにとか、あるいは直接的ではなくても、学術的な成果の中から産業的・経済的に価値の高いものも必ず出てきます。このように考えていくと、「学術的価値」というのは「社会的価値」の⼀つである、と言うことができます。特に、「社会的価値」の中でも、従来にない全く新しいもの、真に新しいものというのは、根源を追求する学術からのみ出て来る、と言っても過言ではないでしょう。この場合の「社会的価値」は、「産業的価値」あるいは「経済的価値」と言い換えていただいても構いません。要するに、学術がないところにイノベーションは起こり得ない、ということです。繰り返しになりますが、「学術的価値」は「社会的価値」の一つであって、「学術的価値」こそが新たな「社会的価値」を生み出すと言うことができます。本センターのパンフレットの冒頭で私が引用している高橋秀俊先生の言葉「真理とは役に立つものである」とは、このような意味だと考えています。

ここで、本センター(先端基礎研究センター)の話に戻りましょう。これまでも申し上げていますが、本機構(日本原子力研究開発機構)の中にあって、本センターは、学術的価値の高い研究成果を創出し、世界の学術界から高く評価されることが最大のミッションであると考えています。本センターの研究者の皆さんには、引き続き、学術的価値の高い研究成果の創出とその世界への発信に注力していただくことを期待しています。学術的価値の高い研究成果を挙げれば、それはすなわち社会的価値の創出であり、本機構に貢献しているのだと胸を張っていただきたいと思います。

もちろん、その研究成果が当面の学術的価値だけでなく、すぐに産業に利用できる、あるいは日常生活で役に立つということであれば、それはそれで大いに結構です。また、そこまではいかなくても、自身の研究がどんな形で産業に利用できるのか、日常生活でどのように役に立つのかということに日頃から思いを巡らすということは、強く推奨されることです。しかし、繰り返しますが、本センターの最大のミッションは、学術的価値の高い研究成果を創出・発信し、世界の学術界から認められることです。

加えて申し上げますが、学術的価値の高い研究成果は、個人の自由な発想と卓抜した技量によって得られるものです。本センターの研究者は、そのような優れた発想と技量の持ち主であることを信じています。逆に、厳しい言い方をすれば、それだけの発想と技量を持てない方々に対しては、本センターとしては高い評価を与えることはできません。

それでは、私はセンター長として、いったい何をするか、ということですが、まず個人の自由な発想による学術研究の場を守ることに全力を尽くしたいと思います。加えて、研究者の皆さんが本務である研究活動に集中できるように、環境の改善にできる限り努めます。改善するべきことは多く、山積しており、すべてを解決することはけっして容易なことではありませんが、私の任期が続く限り、尽力いたします。

本センターの発展に対して、今後とも関係各位のご支援とご協力を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

(令和7年1月)

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